『アーマードール・アライブⅣ ~いつか終わりゆく安息の日々~』が発売されました

アーマードール・アライブ第4巻、2017年11月1日より発売開始されておりました(過去形)

第3巻の発売から早一年と一月。その間にも流通委託先を電書バトからボイジャー・プレスに変更したり、作者のTwitterが凍結されたり、作者が2回の転職を繰り返したりと紆余曲折ありましたが、なんとか完成いたしました。
俺みたいな奴が作者で本当に申し訳ねえ・・・(震え声)

ていうかこの表紙ヤバくないですか? 快楽天過ぎませんか? 実質エロ本じゃないですか?

ちなみにこんな表紙をしておきながら中身については「全力☆summer!が途中からSeparationになっていた」みたいな内容なので楽しみにしててください。

それと実は、委託先の変更にともなって、こっそり価格を350円ぐらいから300円ぐらいに変更しています。
「まだ1巻すら買っていない・・・」というあなたも、今なら1~4巻全部揃えても合計1200円ぐらいです。
ほとんど大判のなろうラノベ一冊と同じ金額ですし、ポイントが付くサイトで買えば更に安くなったりします。

ちなみに僕がこの金額で損しているということは全然なくて、商業の頃よりむしろ一冊あたりで入る印税の額はなぜか上がっているぐらいです(?)
これも人件費がクソ高い編集を追い出したおかげで実現した価格なので、その分を皆さんに還元するという形でやらせていただいてます。

ちょうど話としても折り返しぐらいの地点なのですが、それ以上に、今回の第4巻は僕にとって記念すべき作品だったりします。

独立することでしかキャリアが積めない現状

一体なにが特別かというと、それは僕が商業作家とデビューしてから初めて出すことのできたシリーズの4作目だったりします。

僕が商業で書いていたデビュー作は3巻で打ち切られていますし、この作品も元々は「発売2週間後に2巻打ち切りが決まってしまった作品」です。
それを三年間かけて、僕と、イラストレーターの友人と、協力してくれる皆様のおかげでここまで育て上げることができました。

僕自身がそもそも、キャラが増えれば増えるほど話を転がせる群像劇を得意としてるタイプの作家なので、
巻を重ねるごとに話が面白くなっていってる実感もありますし、そういった感想も少なからずいただいています。
要するに僕は短距離向けではなく長距離向けのランナーなんじゃないかなって最近は思っています。

もちろん両方走れる能力があればそれに越したことはなかったんですが、やはり2週間という短距離で結果を残さなければいけない商業の場に、僕が求めているコースはありませんでした。
それが望めない限り、おそらく僕は商業の場に戻ることはないんだろうなと思っています。

編集は必要ないからこそ必要

僕は自分で作家も編集もやる個人出版活動を通して、「編集の仕事ってなんなんだろう?」ということをずっと考えていました。
編集がいなければ本が出ないということは、裏を返せば本が出てしまっている以上は編集はそこにいたということになります。
つまり僕は、知らず知らずのうちに編集がやるべき仕事をこなしていて、その能力が備わっていたということになってしまいます。

これは半分合ってて半分間違いで、編集にはいろんな能力が必要とされ、それらをひとまとめにして「編集の仕事」と呼んでいます。
たとえば作品の全体を統括する“ディレクション”とか、各セクションを管理する“マネージメント”とか、販売戦略を練る“マーケティング”とか色々です。

中でも僕は“ディレクション”の能力がかろうじて存在して、なおかつこれが編集に必須の能力なんじゃないかなと感じるようになりました。

もちろん他の能力もありますし、あるに越したことはありません。副業でやってる僕では能力の不足はあると思います。
もしこういった能力で僕より優れた人がいるならば、僕はその人に作品を預けることをしてみてもいいと思います。
おそらく僕以上に僕の作品をディレクションできる人なんて居ないんでしょうけど。

ただ、「出版をするには何が何でも編集の存在が必要だ」という状況では、こうした考えを持つことすらありませんでした。

居ても居なくてもいいからこそ、なぜ居る必要があるのか考えることができたのではないでしょうか。
今、編集として出版に携わっている皆さんには、こうした編集を必要としない出版の存在を認め、そのうえで自分がなぜ作家に必要とされる存在なのか問いかけてみてほしいですし、
そういうきっかけをつくる存在であり続けることで、プロとして頑張っている作家の皆さんにも手助けができるのではないかな、ということを思いました。

もちろん、僕みたいに独立したいという気持ちを持っていて、逃げ出す方法を教えてほしいと言われれば、それはそれで助力したいですが。

なんだか宣伝のようで宣伝でなくなってしまったのでこの辺にしときます。
以下は、既に呼んで頂いた皆様にむけた、今回の所感とかあとがきみたいなものです。

“『アーマードール・アライブⅣ ~いつか終わりゆく安息の日々~』が発売されました” の続きを読む

Twitterのアカウントが凍結されてしまいました

人の凍結をネタにして稼ぐRTの味はどないや

よくねえよクソが

おのれKDKW!!!!!!

僕はよく「人間の善し悪しは、その人の葬式で何を言われるかによって決まる」と思ってるタイプの人なんですが、
今回凍結されて色んな人が言いたい放題しているのを見て、なるほどこれが自分という人間なんだと知る良い機会でした。

いちおう、凍結解除の申請出してはいるんですが、調べる限り無意味っぽい気配なので、
おとなしく代替アカウントを取るなど対策は講じたいと思います。
今のところはTwitter断ちして原稿進める良い機会になってるので、しばらく放っておくつもりなんですが。

作品の告知とか宣伝については引き続き、以下の公式アカウントから行っていく予定です。
よければこの機会にフォローしておいてください。
(こういう事態に備えて宣伝アカウントを切り離しといて本当に良かった)

twitter.com

この投稿が果たしてネット上でどれぐらいの人に気付いてもらえるのかって考えると不安ですが、
ネットの認知とはいかにTwitterだけで成り立っているのか痛感させられますね。

というわけで、かなり大ダメージは食らったものの、「なんかこれも良い経験だな」と開き直ってしまってる幾谷からのお知らせでした。
またね。

「キャラクターさえ居れば作者は誰でもいいよね」という風潮を後押しして作者を無自覚に殺してきたオタクたちが嫌いという話

放送開始前から原作ゲームがサービス終了となり、「第2のカブトボーグ誕生か!?」と界隈を騒がしていたものの、オタクたちの下馬評を覆し一躍大人気アニメへと躍り出た『けものフレンズ』。
その2期についての衝撃発表に、ネット上がかなり騒然となっておりますね。

僕も作品のファンとして純粋に残念に感じる部分もあるのですが、ふとネット上の反応を見ていて首をかしげたくなる意見が散見されます。

それは、作者が別人になってしまったら同じ作品とは言えないという前提を、当たり前のように皆さんが共有している点です。

「そんなの当たり前じゃないか」と思われるかもしれませんが、よくよく考えてみれば僕たちは、原作者が描いていないキャラクターたちを日常的に目にし、そして受け入れています。

たとえばあなたの好きなゲームがアニメ化したとき、その〝アニメ内に登場するキャラクター〟と、〝ゲームに登場するキャラクター〟が、同じ人物だと感じる理由は一体なんでしょうか。
日頃愛情を持ってゲームで使用し、自分の中でいろんな性格やドラマを作り上げてきたキャラクターが、画面の中でアシカみたいな声でわめきながら走り回る頭の残念なおともだちになっていたとしましょう。
そのキャラクターを、同一人物だと感じられる人たちの感性に、僕はちょっと疑問のようなものをいつも感じていました。

話は横にそれて、僕はガンダムシリーズがまあ半分ぐらい好き、半分ぐらい嫌いで、おおむね見ているんですが、
『新機動戦記ガンダムW』という作品において、監督が途中から高松監督に交代するという驚くべき事態が起きています。
僕がこの話を知ったのは、作品を見終わってからしばらく経ったあとで、正直まったく気づいていませんでした。

確かにちょっと言われてみれば、話の展開が急に変わったかとも思うんですが、そもそも作品が最初から最後まで突拍子のない展開の連続だったので、
なんか「そういう作風だ」と言われてしまったら、別に気にするほどのものでもなかった気がします。

逆に、僕は『機動新世紀ガンダムX』という作品がとても好きで、この作品が好きな理由の一つに、シリーズ構成の高崎ヒロユキ氏の存在があります。
一般的なアニメは脚本が毎回別の人に変わって、ストーリーラインだけは一人の人間が一貫してシリーズ構成として管理しています。
ところがガンダムXの場合、予算の関係か、脚本は最初から最後まで川崎ヒロユキ氏が一人で全話手がけております。
これが結果的に、話に一本筋を通していて、ぶれることのない丁寧なストーリー作りにとても感銘を受けておりました。

今回話題になっている『けものフレンズ』においても、脚本家は別におられるものの、大本のストーリーについてはたつき監督が一貫して行っていたと、
雑誌のインタビューや脚本家さんのTwitterで明らかにされており、作品にとって監督が必要不可欠な存在であったことはよく知られています。

ところが、キャラクター単体に切り分けて作品を見てみるとどうでしょう。
僕たちは普段から、ニコニコ動画のMADで、Twitterに流れてくる短編漫画で、コミケで売られている同人誌で、
作者が携わっていないキャラクターたちを、同じキャラクターだと認識して、愛情を注いでしまってはいないでしょうか。

確かに監督が交代したことによって、作品の性質やクオリティーに若干の変化は起きるでしょうが、
おそらく僕たちオタクはきっと今後放映される2期を目にしたとき、「このキャラクターたちは1期のキャラクターたちとは別人だ」と感じられるだけの感性を持ってはいないと思います。

僕はそもそも一次創作者として、二次創作に対してとても否定的で、それは自分たちを殺す存在であることをよく知っているからです。
誰が書いてもそのキャラクターだと判別できるだけの個性を生み出すことがキャラクターとしての完成であるなら、その創作者が必ずしも書く必要がなくなるという作者の死も同時に生み出しています。
優れた作家というのは常に自分を殺すための武器を生み出し続けていて、だからこそ他人が勝手にそれを使ってはいけないものだと考えています。

正直僕は、TwitterのTLに流れてくる数々の二次創作を、気持ち悪いなと思いながらいつも眺めています。
気持ち悪いと感じるのは、作者の血が流れていない二次創作のキャラクターたちのことを、原作のキャラクターと同じ人間だと、なんとなく感じてしまう、自分自身の感性に対してです。

もちろん『けものフレンズ』に関しても、デザインしたのは吉崎先生ですし、設定についても原作のゲームを作った方達が生み出したものです。
ただ、アニメとして表現され、視聴者を魅了した要素の多くは、たつき監督がストーリーの中で描いてきたキャラクターたちの性格や言動、ドラマにもあったでしょう。

キャラクターのデザインも、しゃべり方も、性格も、特徴も、生い立ちも、全てはクリエイターが身を削って作り出した財産です。
それらを誰もが当然のように躊躇なく利用し、受け入れている現状において、「キャラクターを利用していいのは生み出した当人だけだ」という言葉は、言うには遅すぎると僕には思えます。

作品のこと〝ジャンル〟って呼び方する自称オタク全員死ね

長年オタクなんかやっていますと、ネットの影響とか通信技術の発達とかで、まあ昔とは変わったなーと思うこと多いんですけど
特に近年になってから、Twitterではこういう感じの愚痴を見かけることが日常的になってきたなと思うんですよ。

「最近、○○のジャンルが荒れ過ぎててつらくなってきた・・・」

「○○ジャンルの人たちはイタい人が多くて近寄りたくない」

いやね、こういうの見る度に思うんですよ。
何の話をしてるのお前ら?

アニメにしろ漫画にしろゲームにしろ、作品は作られて提供された時点で作品として存在するじゃないですか。
それを見たファンが、何か言ったりやったりした影響で、作品が変質するなんてことあるんでしょうか。
そりゃまあ、「ファンの感想から作家がフィードバックを受けて方向性を変える」なんてこともあるでしょうが、
それで作品がつまらなくなるのは〝真に受けた作り手側の技術がヘボ〟ってだけなんで、別にファンのせいにする必要ないと思うんですよ。

そもそも〝ジャンル〟って何やねん

話を戻しますが、たぶんオタクを自称する人たちの中でも「〝ジャンル〟って一体なに?」って疑問符つけてる人も多いと思います。
ジャンルってあくまで、たとえば「ガンダムのジャンルはロボットアニメ」とか「仮面ライダーのジャンルは特撮」とか、作品のカテゴライズの意味で使われるのが一般的だったと思います。
ところが同人活動の活性とか、ネットの普及によるファン同士の交流が増えた結果、ジャンルという言葉には別の意味が付加されるようになってきたみたいです。

おそらくは、コミケのような同人イベントに参加する際、「どのジャンルとしてサークル申し込みをするか」という使われ方から発展して、
〝そのジャンルで登録している人たち〟という意味に発展していたんだと思います。「葉鍵ジャンルでサークル出展している人たち」とか。
また、そのジャンルで登録されている同人誌を買うファンたちのことも包括した言葉として、使っている人たちもいるようです。

これがSNSの普及まで時代が進むと、毎日のようにキャラや作品の話がファンの間で交わされるようになり、ファンイラストがタイムライン上を飛び交い、まるで毎日同人イベントがやってるように錯覚するほどです。
この時代において、ジャンルという言葉が「ある作品のファンとして活動している人たち」という、かなり大きな枠の言葉として扱われるようになってきた感じします。
〝同人イベントにそのジャンルで登録している人〟という元の意味がぼやけていき、作品のファンを自称する人たちのコミュニティのことをオタクでは「ジャンル」と呼ぶようになったみたいです。

趣味と人間関係どっちが大事なの

で。本題なんですが。

僕が学生だった時代は、あくまで深夜アニメとかは「限られたごく一部の人たち」が見ている物で、オタクどうしのつながりとは、偶然にも同じ趣味や価値観を持った人、という認識でした。
まず作品に対する価値観が先にあって、人間関係が後でできるような感覚なんですよね。
たとえ相手のことは人間としてそれほど好きではなくても、偶然にも近い価値観を持った者同士だから、理解者として付き合う。宗教性に近い感覚だと思います。

それが今、SNSとか見てると、なんか逆になってるような気がします。
〝ジャンル〟という、何かよく分からない仲良しグループみたいなものが前提として存在して、その人間関係に参加するために作品に向き合ったりしているように見えます。

「去年まで○○ジャンルで活動してた人たちが、新しいジャンルに移ったから、じぶんもそれに併せて作品を見よう」

みたいな、コミュニティに参加するための道具としてしか、作品のこと見てないんじゃないかって思う瞬間がよくあります。
僕は個人的な持論として

なんてことを平気で言うやつなので、ぶっちゃけ「お互い違う作品を好きになったら分かれて別の道に進めばいいじゃん」って思ってます。
それでもし、いつかまた同じ作品を好きになったとき、「ようまた会ったな」と挨拶を交わすぐらいの関係で良いんじゃないでしょうか。

周りと話をあわせるために、一生懸命流行を追いかけて、仲間はずれにならないように話を合わせて。
オタクってそういう人たちを小馬鹿にしたような人たちがなるものだったと思います。
むしろ今のオタクと呼ばれる人たちの方が、一生懸命周りにあわせて同じゲームをやる、笑われる側の人間になってきてんなって思ってます。

作品のことを〝ジャンル〟としてしか見ていない人たちへ

作品にたずさわってるスタッフが何言ったとか、ある作品の二次創作出してるやつがどんな本出したとか。
それ、作品に何か関係あります?
次再生したときいきなり内容が変わったりします?

もし、つまらなくなって感じるんだとしたら、それは最初から

人間関係とか声優とかにしか興味がなかっただけで、作品そのもののことはどうでも良いだけでしょ。

「俺は声優が大好きだから作品のことなんて声優のPV程度にしか思ってない」って言い切る声優ファンとか
「アニメのキャラなんて同人誌で犯されるために存在するとしか思ってない」と言い切れるシコシコ野郎とかは
むしろ自分の道を貫いてるオタクなんで、好感が持てると思います。

でも、本当は作品のことなんかどうでもいいくせに、「○○ジャンルに関わる人たちが大好き!」とかクソ寒い発言する人たち。
価値観があまりに合わないので近づいてほしくないので、とりあえず死んで欲しい。

文字書きとして立命館の研究論文とpixiv小説について思ったこと

こんにちは、幾谷です。
立命館大学が発表した論文」がかなりネット上を騒がせていますね。

news.livedoor.com

SNS上ではなんか、小説なんて一文も書いたことない、著作権もろくに理解してないド素人どもの妄言が1万RTとか拡散されてて「地獄~!!」って感じです。

・商業作家としてデビュー経験があり、現在も個人出版で活動している
・WEBに自分の小説を公開した経験があり、今後も機会があれば再開する予定
・理系大学の出身でデータ解析系の研究で卒業論文を書いた経験があり、アカデミックに対しても理解がある

という僕が、当事者側としてきわめて有用なことをお話するので、耳触りのいいだけの妄言は鼻で笑って、とにかく俺の話を聞け。

何が問題なの?

まず著作権的な話をすれば何も問題ありません

1.著作物の一部を論文へ引用するのは、適切にやってれば、無断だろうが問題無い。
2.解析に用いることも「情報解析のための複製など」というド直球な規程があるので、大丈夫。
3.出典元を書かない方がむしろ問題なので、ハンドルネームを書いてるのは正しい。

なのでむしろ問題があるのは、「自分の作品が不特定多数に向けて公開されていて、著作物として扱われる作品だ」という自覚がなかった、作者たちの方だと思います。
pixivの規程にもちゃんと「作品の著作権はお前らのものだぞ」「問題があったらお前らで解決しろよ」と書いてあるのに、「規程なんか知らない。著作権もわからない」ってワガママ抜かしてる連中がアホなだけです。

仮に僕の作品が何らかの研究論文だとか、批評サイトだとか、個人のブログに引用を受けたとして、それが正しく著作権法に基づいて行われたものであれば、問題にはしませんし、文章を削除するなんて過剰反応もしないでしょう。
「著作を著作として扱われれたくない」という人たちは、結局のところ、最初から著作を公表すべきではなかったよね、としか言いようがありません。

特に今回問題になっているpixiv小説の場合、「マイピクに公開」という不特定多数に公開しないための設定も存在するので、作者側はこの設定によって自衛できたはずです。
(今回の件を受けて、この設定に変更する形で落ち着けた方もいると耳にしています)

f:id:funny-creative:20170526200535p:plain

見られたくないなら見られないようにすればいいでしょ。
好きで見られないようにしてるならそれでいいでしょ。

「作品を不特定多数に公表する覚悟のない人間を著作者として扱う必要がそもそもない」というのが僕なりの結論です。

プライバシーの侵害になるの?

また、今回の引用が「プライバシーの侵害だ」という意見もたまに目にします、が、なるわけねーだろ

例えば僕が「この小説の作者の名前って幾谷正っていうんだぜー」と公表されることで、プライバシーを侵害されますでしょうか。

というのも、「作家名」というものが本来、司法上ではしばしば「公人格」として捉えられるからです。会社名とかと一緒です。
僕という私人が、創作活動を業として行うため、公人として名乗る名義が著作者名です。
もともと「公」のために用いられるべき名称が「公表」されることで、何らかの害が及ぶとは考えづらいです。

仮に作者名のところに、公表していない本名が書かれてたとしたら、これはプライバシーの侵害でしょう。でも今回はそうではありません。
また「個人情報保護法違反」についてですが、これは業務上知り得た情報に関する法制度なので、今回の件で持ち出してるのは考えの足りないバカでしょう。

Twitterのアカウントがバレる? じゃあTwitterの名前と作者名を分離すればいいじゃん。
ひもづけられて困る情報を自ら進んでひもづけた人間の自己責任でしょ?

そもそも「BL小説を書いてるなんて知られるのが恥ずかしい!」という主張自体、何か「BL小説だけ特別扱いせねばならない」という偏見に基づいてはいないですか?

二次創作だから配慮すべきか?

いや、なんで法を守ってない人間に配慮しなきゃいけないんですかね

今回の件で一番僕がクソだなと感じているのは、論文という著作物を書いた研究者側も、著作権を守っている側の人間の一人なんです。
法律を守っている側が、法律を守っていない、知らない側のルールに合わせろ、と強要されているようにしか見えないんです。

「私たちは法を侵した活動をしているので、丁重に扱え」なんて傲慢が許されるわけないでしょ。日本は法治国家ですよ?

もちろんモラルという概念が大事なのは分かりますが、俺たちのモラルと彼らのモラルは違います。
自分に都合のいいルールを相手に強要すること自体がモラルの欠如です。

そもそも、法律というルールを守った上で、次にモラルの話をしてください。
ルールを守れていない人間が「ルールより俺たちの決めたモラルを大事に扱え」というのは、あまりに都合が良すぎます。
「私たちの決めたルールに反するから私刑にしよう」という本音が丸見えです。事実、現状が既にそうなっているでしょう。

二次創作という表現は、正直「法の支配が及ばない無法地帯」と成り果てています。
「表現だから無条件に守らなければならない」という主張も理解できますが、自由とはあくまで他者の権利を侵害しないという大前提に基づくものです。
今回の件にしろ、論文作者の表現と学問の自由を著しく害する立場として自由が主張されていますが、はっきり言って「どちらが公的に守るべき自由」であるかは明白です。

著作権違反というリスクを冒して活動してきた人間が、そのリスクを許容すればそれで済む話ではないでしょうか。

有害という表現は適切か?

いや、そういう評価も含めて表現じゃん。

僕も「こいつの作品はクソ」とか「害悪」とかたまに言われますけど、感想にしろ評価にしろ、する分には別に自由でしょ。

どうしてもその指摘が許せず、問題であり、著しく気分を害するものであるなら、作者が訴訟を起こして論文の作者を訴えればいいんです。
で、訴えられてない以上、外野は「許されたものなんだな」と認識するしかないんじゃないでしょうか。

この点については「作品の著作権者が自分の手で作品を守れ」としか言いようがないと思います。BLだとか二次創作だとか関係なく。

「小説を公開してたらクソだって叩かれた! うえーん><」っていう覚悟の足りないザコが、自由な表現の場から逃げ出しただけでしょ。
そんな奴どうせ、今回の件がなくとも遅かれ早かれ降りてますよ。
やめたきゃやめればいいじゃない。
自分の勝手で始めたくせして、やめるときだけ人のせいにすんな。
賞賛だけ欲しけりゃお友達だけに見せてろ。以上。

研究の引用に許可は逐一取るべきか?

僕は、あくまでも僕は、取らなくていいと思います。

機械学習にしろ、ビッグデータにしろ、大量に標本を採集する必要のある研究において、全ての引用物に対して許可を取れなんて言うつもりはありません。
これは文章分野だけに限らず、イラストを使った画像解析にも、音楽を使った音声解析、動画解析、あらゆる研究対象に波及しかねない問題です。
全てに許可が必要だという“一部の人間の主張するルール”が、公共の利益に対して及ぼす害は計り知れないものだと思います。
ただでさえ日本の研究は遅れてるのに、さらにハンデがつくのクソじゃん。

誰にでもアクセス可能な開かれたプラットフォームは、作者にとっても、読者にとっても、また研究者にとっても有用なものであるべきです。

モラルを守れだとか体の良い言葉を並べても、結局これらの主張は

「私たちは法を侵した活動をしており、著作者として振る舞う覚悟が足りず、不特定多数にも見せたいので、世間が法を越えた配慮をして欲しい」

という、聞くに値しない戯言です。
何で法律を守ってないモラルの低い連中の側に、モラルのレベルを合わせてやらなければいかんのですか。

著作権法を遵守するというモラルに基づき、適切な引用が行われるのであれば、WEB上に公開されるあらゆる著作を断り無く利用することに、僕は賛成の立場を表明します。
これは繰り返し申し上げますが、何も書いてない口ばかりの外野としてでなく、著作者という当事者の立場からの意見です。

仮に「現行法が間違っている」と主張するなら、法律改正なり、国外で活動するなり、好きな道を選んで活動してください。
口だけの連中はもうお願いだから黙って身の程をわきまえて。

【お知らせ】『アーマードール・アライブⅡ&Ⅲ』にアスモデウスの機体画像を追加しました。

お久しぶりです、幾谷正です。

前略。とりあえずこちらを見ていただきたい。

f:id:funny-creative:20170410203702p:plain

めちゃカッコイイですよね。ヤバくないですかこれ?

本編をすでにお読みになってる方はご存知かと思われますが、拙作『アーマードール・アライブ』に登場する機体、〈アスモデウス〉の全身イラストです。

メカデザインを担当してくれたのは、こちらのモブ整備兵くんです。
twitter.com

今後も本作のメインメカデザイナーとしてめっちゃ頑張ってもらう予定なので、ぜひ応援してあげてください。

そして実はなんと、各ストアで販売している『アーマードール・アライブ』Ⅱ巻とⅢ巻に、こちらの機体画像を追加することにしました。

とっくに発売済みの書籍に後でイラストを増やすという、通常の出版では考えられない大暴挙ですが、まあ個人出版なんだし多少のオフロードはね?

ぶっちゃけ取次していただいてる関係者さんには大迷惑なわけなんですが、本がよくなるなら書籍にとっては良いことだ。仕方がない。

現在、BOOK☆WALKERインディーズでの発売分のみ追加済みのデータに差し替えてあります。
そのほかのストアで購入された方には、順次更新のアナウンスをしていく予定なので今しばらくお待ちください。

※ただしストアによってはデータの入れ替えを受け付けていない場合もあります。
そういったストアで購入されてしまった皆様は、とりあえずなんかこう、こちらの画像を保存しておくとかの形でご了承ください。

さて、今回のこちらの機体イラストの制作経緯についてなんですが、実は前々から用意したいと思いつつ、手が回っていないものでした。
現状、メインイラストレーターにキャラデザも挿絵も表紙もやってもらっているため、メカデザインに回すリソースが足りず、Ⅱ巻も断腸の思いで機体の設定画なしでリリースしていました。
で、「用意せねばなー。でもちょうどいい人材の当てがないんだよなー」と悩んでいたところ、読者の方からTwitterで以下のようなリプライをいただきました。

「幾谷さん。機体の設定画ってないんですか」

幾谷「ごめん。まだ用意できてないんだよね。あ、じゃあ君が描く?」

「えっ。いいんですか?

この不幸にも巻き込まれてしまった名も無き読者こそ、今回デザインを担当してくれたモブ整備兵くんというわけでした。
やったねモブくん名前が上がるよ!

まあ、これだけ見ると思いつきでしか動いてないように見えますが、参加者を1人増やすって自分にとってかなり難しい決断でした。
人が増えれば増えるほど出来ることが増えるのはもちろんですが、同時に個人出版の利点を幾つか失ってしまいます。

ただ、今回声をかける上で彼がpixivなどに上げてる画像を一通りチェックして、「このメカ偏差値の高さなら任せても良いだろう」と判断して引き込んでみた次第です。
結果としてできあがったものが上記の素晴らしいメカデザインなので、僕にしては珍しく良い判断できたなって思います。
本編すでにお読みの方なら、誰もが間違いなく「このイラストは〈アスモデウス〉だ」と断言してもらえるでしょう。

※【メカ偏差値】とはメカに対する構造解析、可変機構の理解、デザイン史の変遷、設定知識の量によって算出される値です。メカ好き同士なら相手のメカ偏差値は大まかに測定することができます。

また、メカデザインってかなり才能の要る領域の仕事だと思うのですが、それを活かせるフィールドというのは意外と狭いものだと感じています。
彼のような活躍の機会を求めるイラストレーターに、作品という舞台をアグレッシブに供給していけるのも、電子書籍が普及することの利点じゃないかなーと思ってます。
もちろん儲かった分の印税の中からモブくんに対する依頼料はきちんと還元してるので、「作品でお金を儲ける」という大前提の大切さも実感し直しました。

現在制作中のⅣ巻やそれ以降についても、登場する機体のデザインは担当していただく予定なので、今まで以上に期待を大きくして続刊をお待ちください。
それでは。

【祝】BOOK☆WALKER大賞2016にて『アーマードール・アライブ』がインディーズ部門の大賞を受賞しました

f:id:funny-creative:20170203235045j:plain

BOOK☆WALKER大賞2016』にてなんとこの度、当サークルが発行しております電子書籍ライトノベル『アーマードール・アライブ』シリーズがインディーズ部門大賞の栄誉に預かりました! はい皆さん拍手!!

しかもしかも、なんと受賞を記念してBOOK☆WALKER様より立派な賞状とガラスの鈍器を頂きました!

※クリスタル盾のことを電子書籍界隈の方言でこう呼びます(出展:頑張れビビたん! JEPA電子出版アワード2014迫る – 電書ちゃんねるBlog

f:id:funny-creative:20170204002635j:plain

そしてこれは僕が自宅で一人ウキウキしながら行ったセルフ授賞式の光景の写真です。
スーツ姿なのはわざわざ着替えたのではなく、ちょうど賞状を開封したとき帰宅直後でこの格好だっただけです……。

f:id:funny-creative:20170204002638j:plain

Twitter上では先んじて受賞の報告させていただきましたが、フォロワーの皆さんからも

「やるじゃん」
「おめでとう」
「次の転落を楽しみにしてます」

などなどたくさんの温かいお言葉をいただきました。あったまるなあ。

Twitter授賞式の光景は、またいつかくじけそうなとき見返して思い出せるよう、togetterを利用してわざわざ自分でまとめてみました

togetter.com

ここからはちょっと真面目に

僕が自分の作品で賞をいただく機会はこれで二度目になるのですが、今回は読者投票による受賞ということで、また違った感動があります。
商業出版で挫折し、半ば自暴自棄になりながら文壇に背を向け、自分たちの力だけで作品を継続してきた一年と少し。
こうして名前の残るものを頂けたことで、やっと何かに認められ、許されたような気持ちです。

また、この作品は僕だけの力では決して完成せず、ここまでの評価を頂けるものになりえなかったと思います。
素敵な表紙を描いてくれたイラストレーターの友人、技術面で協力していただいた、ろすさんとKさん。設定考証に協力してくれたサークルの後輩のI君。
そして高校の文芸部時代からずっと、俺が新しい作品を書くたびに毎回読んで感想を言ってもらってる友人たち。
全員の協力があってこそ、完成した作品だと思っています。

〝サークル:FunnyCreative〟と名前に記していただいたのは、僕の向こう見ずな野望に付き合ってくれた全員での受賞という意味を込めたかったからです。
共犯者を増やしたかったとも言う(笑)

お礼遅れましたが、今回選考にノミネートいただき、盾や賞状まで送っていただき、さらに色々とわがままを聞いていただいたBWインディーズ担当者の皆様。
いつも本当にありがとうございます。そしてこれからも、僕が作家であり続けるために、ご協力いただければ幸いです。

あと最後に、受賞の報告をしたついでにアマドルのイラストを担当してもらってる友人から、有難いことにコメントをいただけたのでご紹介させていただきます。

BWインディーズ大賞受賞おめでとう!
数年前に色んなところへつばを吐きかけたあの悪名高き幾谷正が、こういった公の賞をいただくことになるとは正直思ってませんでした
ひとえに彼の覚悟と、頑張りと、作品に対する愛の賜物だと思います。
自分も彼のサポートができるよう頑張っていきますので、これからもアマドをよろしくお願い致します!

手厳しいけどおおむね事実なので何も言えねえ・・・。

とまあ、こんな感じで意外とうまく(?)やれてる状態なので、今後も末永く当サークルの活動を見守っていただければ幸いです。よろしくおねがいします!!

僕はお金の奴隷なので無料コンテンツ好きです宣言

毎度お騒がせしております、電子書籍作家の幾谷正です。

出版社を脱走して独立作家になってから早2年あまり、電子書籍の売り上げも順調に軌道にのってきて、すっかりクリエイター面が板についてまいりました。

特に無料お試し版を公開してからというもの、売り上げの伸び幅がたいへん素晴らしく、Twitterでも「無料だから試し読みしてみたけど2巻以降買う」というつぶやきを見かける機会なんかもあります。
フリーミアムというwebビジネスの方法をやっとつかめてきたような気がしています。

そして、そんな売り上げ帳票を作っている最中、目に飛び込んできたこの記事。

lineblog.me

連日、クリエイター界隈を非常に騒がせておりますね。もう見たという方も見飽きたという方も多いでしょう。
僕も以前から個人で本を売るための方策や活動について公開されている西野氏のクリエイターとしての発言に、ときに感銘を受け、ときに教示を得てきました。
ですがこの発言についてはかなり疑問符が付くところが多く、プロアマ問わず多くの方がこの内容に反論を送っています。

よく言われるのが「全てのコンテンツが無料になったらクリエイターは対価がもらえなくなる」という指摘です。
ですがこの指摘をしている人たち、このブログをちゃんと読んでいないんじゃないかと思いました。

西野氏は「制作スタッフには最初の段階ですでに給料が支払われています」と発言していますし、一万部を自費購入して印刷費を担保するという荒業も行っています。

lineblog.me

しかも無料にした結果、「もっと多くのお金が儲かった」という結果を大々的に誇示しています。

lineblog.me

この方はむしろ、クリエイティブの業界に誰よりお金を投じている側の人間です。

なのにどうしてこういった批判が起きるのかという点について、端っこに居る兼業クリエイターではありますが、自分のコンテンツを無料にしてみたことがある経験者の視点で突っ込ませていただきます。

お金が先か無料が先か

西野氏はおおむね正しいことを言っていますが、一点、完全に勘違いしたことを言っていると思います。

これから、無料化できるところから無料化していって、『お金』なんて、そもそも存在しなかった時代や、地域で、おこなわれていた『恩で回す』ということをやってみます。

まるで資本主義を打倒するみたいな論説に聞こえてちょっと冷や冷やしますが、はっきり言って僕はこれ、「勘弁してくれ」って思いました。

だって、お金という概念がなくなったら、無料という概念もなくなっちゃうじゃないですか。

先にも述べたように、僕が出している無料お試し版を皆がダウンロードしてくれるのは、多くのコンテンツが有料だからです。

¥500 ¥0

ってわざわざ書いた方が、みんな「お得!」って感じてくれるじゃないですか。

お金があるおかげで僕たちは無料コンテンツを強みにすることができます。
コンテンツの無料化とは要するに、資本主義の神様の手のひらの上で起きている出来事です。
無料コンテンツはお金の奴隷を開放することはできません。無料コンテンツという存在そのものがお金の奴隷なんです。

西野氏は「資本主義の中で無料にすることの正しさ」と「お金のない世界を作り出すことの正しさ」を混同してしまっているのではないでしょうか。
自分たちが資本主義の手のひらの上に居るなんてこと、普通に暮らしていればあまり自覚することもありませんからね。無理もありません。

もしお金のない世界を望むのであれば、アメリカで行われているバーニングマンというイベントに参加したらいいのではないでしょうか。

フーリガンがバーニングマンの「セレブ御用達」キャンプサイトを襲撃 – FNMNL (フェノメナル)

これ見よがしに金のかかる設備を持ち込んだセレブたちが、暴徒の襲撃を受けて大混乱なんて世紀末な出来事とかも起きてます。
僕はお金あんまりないけど、それでもお金のある世界の方がいいなって思いました。

西野さんってむしろお金好きなんじゃない

ブログ何度か読み返してみましたが、西野氏、例のブログの中で実に21回も「お金」という単語を使っています。
嫌いなものをこれだけ何度も打ち込むなんて、正気の沙汰じゃねえなって思います。

そもそも氏は、クラウドファンディングで資金を集めたり、自費購入をして見せたり、お金を使ったパフォーマンスがかなり派手です。
それは彼が芸能活動の中で勝ち得てきた信頼が、お金という形に一回変換されているからこそ、できることなんでしょう。

だったら、もう『お金』なんて要らないです。
僕とあなたの間から『お金』を取っ払います。

改めてみるとこの部分、誰がどう見ても嘘くさいですね。
カッコつけようとしすぎて言わないでいいこと言ってしまった感が拭えません。
正直これに関しては失言だったと思います。
炎上し始めた段階で、「やっぱお金は必要です!」って手のひら返して言っちまったほうがよかったんじゃないかなあ。

お金があるからこそ無料化できる

lineblog.me

この記事で西野氏は「入り口を無料することの正しさ」を切々と説いています。

僕自身、無料版を出したことでさらにお金が儲かった人間なので、この発言の意味するところはとてもよくわかります。
ですが、一つ間違えてほしくないのは、無料化すればだれでも儲かるというわけではありません。

全てのコンテンツが無料の入り口を作れば、宣伝や広告にお金をかけられる体力のある企業、つまりは強者が余計に勝つような激しい競争を生みます。
この記事で反論をしている声優の明坂さんのいるアニメ業界は、そんな疲弊が積もり積もって崩壊寸前の状況に追い込まれている代表的な業界です。

僕が自分の作品を無料公開しているのも、あくまでちゃんと食える本業があって、その本業で得た稼ぎと時間を投じれることから、無料化できているというだけです。
さらに言えば、僕は一度商業作家としてデビューした経験があるので、無名の素人さんたちに比べると格段に有利な状況で個人出版活動をしていますし、それを自分の強みとして利用しています。

兼業で余暇を使って文字を書いてるだけの僕はまだいいですが、業界全体が無料化のチキンレースを続けていけば、さらに自分たちを苦しめることになるでしょう。
最後に残るのは、もっともお金を稼いだ強い資本を持つ企業だけで、弱い人たちは誰も残らなくなるだろうと予想できています。
僕はそれを理解して、強者の側として、弱者を殺す覚悟をもってこの活動を続けています。

また、無料の商行為というのは課税対象とならず、よって富の再分配の対象にもなりません。
お金を儲けている企業が課税を受けない無料サービスを続けれれば、もっとマクロな視点で見れば社会格差は広がります。
そういう弱者を切り捨てる流れを肯定して受け入れるべきだというのは、強くなれない人間は死ぬしかないと言っているのも同じです。

西野さんの最大のミステイクはずばり、「無料化という強者の行い」と、お金のない子供を助けるという「弱者救済の美談」を同時に掲げてしまったことでしょう。
自分のお金に執着する汚い部分を炎上で焼いてもらえて、一番救われているのはご本人なのではないでしょうか。

もっと言えば、お客さん向けるべきパフォーマンスと、同業者に向けるべき本音の部分の話を、一度にやろうとしてしまったのが失策だったなって思います。
「金がもっと欲しいから無料化した」「更に儲かればもっと面白いことがたくさんできる」「だから俺はもっとお金が要るんだ!」
ここまで露悪的に言う必要こそありませんが、そんなことみんなわかってることですしね、正直。

『小説家になろう』での活動停止のお知らせ

皆様ご無沙汰しております、作者の幾谷正です。

今回皆様には大変残念なお知らせがあります。
現在『小説家になろう』サイトにて公開しております拙作『アーマードール・アライブ』の公開を、本日をもって中断することとなりました。
既に公開済みだった第二巻の内容を全文削除して第一巻分の内容のみの公開とし、設定も「完結済み」に設定しています。
これ以降の部分にかんして、なろう上で公開することはありません。

もちろん皆さんすでにご存じのとおり、この話がここで完結してしまったというわけではありません。
以降のお話は電子書籍として多数のストアで販売していますし、続きも鋭意執筆中です。

armordollalivepr.tumblr.com

さて、どうしてこのような状態に至ったかという理由を、順を追って説明させていただきます。
当初この「電子書籍で販売した内容を、追って無料公開していく」という公開形式について、なろう運営には問い合わせ行い、了承をいただいていました。
ですが方針の変更があったのか定かではありませんが、「販売している分の内容はすぐに公開するように」という連絡を先日頂き、対応行わない場合はアカウント削除されるという、大変厳しい通達がありました。
また、公開を行うつもりがない場合は、キリのいい部分までとして完結済みにすることでも良いというお話だったので、内容としてキリの良い、第一巻にあたる一部のみを残し、完結済みとすることで対応いたしました。

当初自分も第三巻の内容をこちらで公開するか否か、かなり悩んでいました。
ですが、対価を求める個人出版を続けていく限り、今後もなろう運営と衝突してしまうことは避けられないという点。
また、なろうでお気に入り登録していただいてる読者より、さらに多くの方に電子版を買って頂けているという点。
以上の二点から、電子販売と無料公開の両立は不可能であると判断し、こうして更新停止という着点に至りました。

もしこれがpixivを利用しているイラストレーターで、「同人誌のサンプルをpixivで公開して電子販売」とかだったら、何も言われないところなんですがね。
文字書きに用意される無料小説投稿サイトの状況は、絵描きに用意されているそれらに比べて、いまだちょっと厳しいものが多いなと正直に言って感じています。

本を書くことで収入を得たい、しかし無料でも読んでもらえるならば多くに読んでもらいたい。
二つの理想を同時に叶えようとして始めたこの先行有料公開という変則的な取り組みですが、こういった結果になってしまい、大変残念に思います。

ですがこの判断はむしろ、電子書籍販売の売り上げが好調で、これだけで十分やっていけるという確証が持てたからの決断でもあります。
確かにweb小説を読んでいる人たちが電子書籍を買ってくれることはあまり多くはありませんが、もともと電子書籍を買ってくれている人たちがストアで買ってくれる数は思った以上に多いものでした。
言わば僕は電子書籍作家になってしまった人間なので、『なろう』という環境からは卒業せざるを得なくなった、ということかもしれません。

ただすべて削除してしまうのは忍びなく、また一巻はもともと販売ストアでも無料お試し版として公開しているので、その部分については今後も無料公開として残していきます。
(無料お試し版で公開しているにもかかわらず、一巻の売り上げはいまだに結構増え続けています)

僕がここに戻ってくる日が今後あるのか、今はまだわかりませんが、皆さんがこちらに来てくれる日のことを僕はいつでもお待ちしております。
それでは、しばしお別れとなります。今までなろう作家として応援していただいた皆様、本当にありがとうございました。

また余談ではありますが、並行して同じように無料公開している『カクヨム』サイトの方では、現在の公開形式について未だに注意など受けておりません。
そもそも、読者数が少なすぎて、公開媒体として全く機能していないのですがw

以降、無料公開行う場合については『カクヨム』を代わりに利用していくか、あるいは無料公開という方法に固執すること自体をやめにするか。
いろいろと考えてみたうえで追って判断してみたいと思います。

同じKADOKAWAなんだからカクヨムBOOK☆WALKERでなんか連携サービスとか始めてくれねーかなあ(本音)

【お知らせ】『アーマードール・アライブⅢ ~非情の人形は悪魔の虜~』販売ストア情報

あけましておめでとうございます。
久しぶりの更新にして、年明け一発目の更新になります。幾谷です。
今年の冬コミは3サークルほど買い逃してしまい、反省の残る試合になりました(どうでもいい報告)

アーマードール・アライブⅢ: 非情の人形は悪魔の虜
アーマードール・アライブⅢ: 非情の人形は悪魔の虜

さてさて。
現在、AmazonKindleにて好評発売中になりますこちらの『アーマードール・アライブ』第3巻ですが、1月1日よりBOOK☆WALKERインディーズでも販売開始されました。

bookwalker.jp

どちらで買っていただいても内容に違いはありませんが、BOOK☆WALKERで買って頂いたほうがちょっとだけ僕に入ってくる印税率が多いです。
あと、ポイント還元なんかもあったりするので、読者の皆様にもそちらの方がちょっとお得みたいです。
(ポイントセールが行われているときだともっとお得になるみたいです)

これ以外のストアにも現在申請中ですが、正月休みに間に合わなかったので、審査遅れているみたいです。
ストアで販売開始されたらまた随時こちらで情報更新していきます。

さて、現在色んなストアで販売行っていますが、もともとラノベ好きの利用率が多い影響なのか、BOOK☆WALKERでの売り上げがぶっちぎりで多くなっています。
市場全体のシェアではKindleがトップだという統計が出ているみたいですが、特定のジャンルや個人レベルの話だと、まだまだ「どこが良い」とは断言しきれないようです。

現状、「まずKindleで配信してから時間をおいて他のストアに登録」という方式で配信を行っていますが、今後は「時間差を置かずB☆Wで同時配信」の形態に切り替えようかと思案しています。
もし参考になるご意見ありましたら、ぜひこちらのコメント欄などへお気軽にお書きください。

追記

昨年集計された「BOOK☆WALKER 電子書籍ランキング2016」にて、インディーズ部門の第3位を受賞させていただきました。

BOOK☆WALKER 2016年間ランキング| 電子書籍ストア-BOOK☆WALKER

f:id:funny-creative:20170104000146j:plain

投票していただいた皆様、ありがとうございました。
今年は1位を狙っていきます!(宣言)